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手ごわい認知症

いつごろからでしょうか。

あまり「長生きをしたい」という希望を、日本人の口から聞かなくなったのは。

私は子供のころ、祖父母に手相を見られ「生命線が長いねー。長生きできるよ」とほめられ(?)て、とても嬉しかったことを覚えています。

昭和の終り頃から、平均寿命は女性が80歳を超えて「先進国日本、スゲー🌟」と無邪気に喜んでいたのが懐かしい出来事。

でも、身近に壮絶な介護の状況などを伝聞、あるいは目の当たりにするなどして、日本人はいつしか「老い」に対して恐怖感を覚えるようになりました。

今日現在、当たり前に出来ていることが覚束なくなる。

歩くことも、排せつすることも不自由になる。

私自身、ひどいギックリ腰を患った際に直面して、戦慄した経験があります。

ベッドからトイレまで、腕だけで這っていきましたから・・・

けれどそれも、腕力がある若いうちだったからこそ・・・

「長生きは慶事じゃない」という 少し悲しい認識が、日本には固定してきたように思えます。

 

財産を管理する上での問題

身体が思うように動かない。

本当に、本当に不便なことです。

しかし、それでも、意思表示が 出来る と 出来ない では、社会生活的には 意味合いがまったく 異なります。

モノを 売ったり買ったり することは、法律行為と 呼ばれるものです。

売買をはじめ、他人様との約束全般を「契約」と呼び、これらはすべて 法律行為です。

なんだか堅苦しく感じますが、スーパーやコンビニでレジに並ぶことも、自販機で飲み物を買うことも 全て「契約」。

ですから私たちは、日常で意識しないまま、息をするように 契約という「法律行為」を行っています。

この法律行為を行う「大前提」として、「本人の意思が きちんと反映されているか否か」という判断基準が 重要視されているという点。

未成年の契約は 取り消しが出来ると 聞いたことはありませんか?

未成年は判断能力が不十分であり、契約に意思が反映されているとは認めていない」と、国が定めているから、契約が取り消しになりうるわけです。

(カーディーラーの営業時代、未成年に車を売って 契約を保護者に 取り消された 同僚の背中を 思い出します)

余談ですが、民法改正により成人年齢が18歳に引き下げられ、令和4年にルールがスタートしました。

18歳といえば、大学進学などで親元を離れたばかり。

わが子を見ても、本っ当に世間知らずがひどすぎて「大丈夫かコイツ…💦」と青ざめることが多々あります。

私自身、学生のころは新聞の強引な勧誘などが横行して辟易していましたが、親の取消権は心強く思ったものです。

自分が親になった21世紀現在の立場では、本当に不安で仕方ありません…。

 

注意:任意後見人には残念ながら「取消権」はありませんただし、契約内容に盛り込むことによって、不実な売買については対抗できる可能性があります。

 

 

日本公証人連合会の公式動画

成人であっても 認知症が進んで、本人の意思表示が 十分でなくなった場合。

未成年と同じように、契約の当事者になれない立場になってしまうのです。

そうすると、どのような困ったことが 起こりうるのでしょうか。

この動画は、日本公証人連合会が YouTubeで公開している内容です。

後見人という制度は、「他人の行動を代理する」制度だと イメージしてください。

任意後見は、「後見される人」と「後見する人」の間で契約書を結びます。

ですが、周囲のひとからすると「他人の行為を代理できる権限って、(この人に)ほんとうにあるの?」と、疑われてもやむないところ。

そのため、「公正証書」という 強力な権限を持つ制度の力を借りて 契約書を作成します。

(この時点で、公証人さんによって登記の手続きが行われます)

さらに。

契約内容が 発揮される際には、家庭裁判所に申し立て→認定という手順を踏みます。

ですので、「任意」という言葉で ゆるさを感じるかもしれませんが、れっきとした 堅固な制度になるのです。

 

 

契約しても「実行」は後から。発動は本当に不自由になってから

遺言でもそうですが、約束事を決めてしまうと、達者なあいだの生活が不自由になる、という誤解が少しあるようです。

任意後見契約も、契約を取り交わしたら即発行・・・ではありません。

診断書が重要ですが、「いよいよ本当に任意後見の役目が必要な状態」、と第三者的に認められてから 制度の効力が発動します。

ですから、ご自身がお達者なうちは「後見人の意見が…」と意識する必要は ほとんどありません。


余談ですが

私の母方の祖母は、福井県小浜市の病院で亡くなりました。

在宅時代にひ孫を連れて遊びにいったとき、すでに認知症の症状は うすうす覗いていましたが、とても喜んでくれたのが幸せな記憶です。

 

父方の祖母は、認知症を発症してから 浜田市内の施設で過ごし、先年94歳で 息を引き取りました。

コロナ禍前には 顔を見にいきましたが、やはり私を 孫と設定できないまま、それでも 楽しいやり取りをしました。

しかし 今わの際の一歩手前、まだ意思疎通が 出来る状態の 寝床で励ました際のこと。

言葉は発せませんでしたが、ジェスチャーや 目線で応対した 祖母の眼差しは、認知症以前の 祖母のそれと確信されました。

看護師の親族によると、よくある出来事なのだそうです。

 

また、誰もが認知症に縁があるわけでもないようです。

大正13年生まれの大伯母は、晩年までバレーボールなどに没頭し、親族一同驚嘆していました。

しかしながら、100歳を目前に突然他界。

元気いっぱいで、年寄扱いをされることを嫌った大伯母。

「100歳なぞと、大台になんか乗れるか(笑)」という笑い声が聞こえたように思えた親族でした(^_^;)

 

ここからは 私見ですが、認知症も「生命体ホモサピエンス」に備えられた システムなのかもしれません。

バグが積もって 動作不良を起こし、機能停止(逝去)になるまでの時間を過ごすまでの恐怖などを和らげる、動物としてのオプションなのでしょうか?

昨今は認知症についての治療についても日進月歩と伺います。

人類が、あらたなハードルを越える日が 近づいていますように、と祈る毎日です。

 

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